江戸初期まで
既に室町末とは異なり、江戸時代初期ともなれば、左官工事の全工程を一貫して担当し、材工一式の形で工事を請負う業態のあったことが、以上の日光廟造営及び八戸藩の規定から明らかでしょう。
江戸初期までに諸商人及び諸職人の組織が中世的な座から近世的な仲間制に変貌していたことは、既によく知られています。
左官職関係も例外でなく、この時期、同職の者が寄り合って統一した組織行動をとる兆が現われてきます。
ここではまず近世初頭の京都の事清を、『旧豊田家文書』によって見よう。
因みに豊田家は京都伏見に在って、先祖は伏見城建設にも関係したという伝承を持つ。