社内の空気が変わり始めたのは、経営形態論議が高まり始めた時期と重なっています。
社長が「もう電話屋はやめる。これからはマルチメディア屋になる」と宣言して、マルチメディアへの対応を発表した九五年の初めだった。
マルチメディアとはいいながら、実態はインターネットやインターネットFAXにどう対応するかが緊急の課題だった。
インターネットが普及する反面、通信料金も含めた日本のインターネット利用料金の高さが、社会問題化しかねない情勢でもありました。
高度情報社会への出遅れが、すべてその会社の責任になりかねませんでした。